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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)36号 判決 1991年1月31日

東京都港区赤坂四丁目八番六号

原告

ピーエムエー商事株式会社

右代表者代表取締役

今川忠男

東京都港区西麻布三丁目三番五号

被告

麻布税務署長 都築隆也

右指定代理人

浅野晴美

杦田喜逸

佐藤一益

干場浩平

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が、原告の昭和六二年四月一日から昭和六三年三月末日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)分の法人税につき同年一二月二六日付けでした重加算税の賦課決定処分(ただし、平成二年五月一八日付けの更正変更決定によって変更された後のもの。以下「本件決定」という。)を取り消す。

第二事案の概要

一  当事者間に争いがない事実

1  有価証券売却益等の発生

原告は、本件事業年度において、株式売買による有価証券売却益六六二六万六一〇八円及び中期国債ファンドの収益分配金二万三六四五円(以下、これらを併せて「本件有価証券売却益」という。)を得ていた。

2  本件処分の経緯

(一) 原告は、本件事業年度中の原告の会計帳簿に右の株式売買等の取引を全く記帳せず、かつ、本件事業年度の法人税について、その法定申告期限までに提出した確定申告書において、本件有価証券売却益を益金に算入せず、所得金額を過少に記載して申告した。

(二) その後、原告は、被告の指摘を受けて、昭和六三年一二月八日、本件有価証券売却益を益金の額に算入した修正申告書を提出して、修正申告を行った。

(三) 被告は、原告の右(一)の行為が、本件有価証券売却益の存在を隠ぺいし、これをその課税標準等又は税額の計算の基礎とせずに本件事業年度の確定申告をしたものであるとして、国税通則法六八条一項の規定に基づき、同月二六日、右修正申告書に基づいて算出した本件有価証券売却益に係る除外税額を対象として、加算税額を九七三万七〇〇〇円とする重加算税の賦課決定をした。

(四) 右賦課決定については、被告が平成二年五月一八日に原告の本件事業年度の法人税の額を減額する更正をしたことに伴い、同日付けで、重加算税額を九七〇万九〇〇〇円と減額する変更決定がなされた。

二  争点

本件決定に対し、原告は、本件事業年度の税務申告の処理を税理士に任せていて、原告代表者としては、税理士の方で間違いのない処理をしてくれるものと信じており、また、本件事業年度中に株式売買等が行われたことを失念していたため、当初被告からの問合せに対しても右の取引がなかったとの回答をしていたに過ぎず、本件有価証券売却益をことさらに隠そうとする意図はなかったものであるから、国税通則法六六条一項所定の「隠ぺい」に当たるような行為は行っていないと主張している。

したがって、本件の争点は、原告が本件事業年度の法人税の確定申告を行うに当たって、本件有価証券売却益について国税通則法六八条一項規定の「隠ぺい」に当たる行為を行ったとみられるか否かの点にある。

第三争点に対する判断

一  各項目の末尾記載の証拠によれば、原告の本件事業年度分の法人税の確定申告に関する経緯は、次のようなものであったことが認められる。

1  原告は、製紙機械附属品の輸入販売を業とする従業員八名程度の規模の会社であり、昭和六二年三月期の営業利益は約五八〇〇円、昭和六三年三月期のそれは約四六三〇万円であった(原告代表者尋問、乙四号証、同五号証)。

2  原告は、昭和五八、九年ころ、三五〇〇万円程度の資金を投資して始めた株式の売買取引で順調に利益をあげ、それによって得た利益金を株式に再投資していたが、その結果、昭和六二年三月期には三五八三万円余の有価証券売却益があり、同期末の時点で、後楽園株四万四〇〇〇株のほか、中期国債ファンド、レンゴー株等合計七八二三万一九七九円相当(同期末現在における簿価)の有価証券を保有するに至っていた(原告代表者尋問、乙三号証、同四号証)。

3  原告は、昭和六二年四月六日には、それまで保有していた右後楽園株四万四〇〇〇株を売却して二九九四万〇八三八円の利益をあげ、右売却代金で直ちに富士フィルム株三万四〇〇〇株を購入し、同年八月四日には右富士フィルム株を売却して三六三二万五二七〇円の利益をあげ、右売却代金で直ちに三井不動産株六万一〇〇〇株を購入した(乙三号証、甲五号証)。

4  原告代表者は、右のような有価証券取引を行った際はもとより、その後証券会社からその各取引に関する報告書が送られて来た際にも、経理担当社員にこれらの取引についての会計処理をするように指示したことはなかった(この点については、当事者に争いがない。)ため、原告会社では、これらの取引に関する帳簿上の記載は全くなされていなかった(原告代表者尋問)。

5  ところで、原告の有価証券取引は、当初からすべて原告代表者自身が独自の判断に基づいて行っていたものであるが(この点は、当事者間に争いがない。)、同人は、また個人の立場でも、昭和三〇年ころから信用取引を含む株式売買取引をたびたび行い、株式取引に関しては相当の知識、経験を有するに至っていた(原告代表者尋問、乙二号証)。

6  昭和六三年三月期の原告会社の決算及び法人税の確定申告の事務手続は、原告会社の顧問税理士である加藤郁男が行ったが、加藤税理士は、その処理に際して、原告代表者に同期の有価証券の取引の有無を尋ねたところ、原告代表者が「書類の整理ができていない。株式売買についてはいつかは出すのだから、今期はまあいいじゃないか。」と延べたため、その指示に沿って原告会社については同期の有価証券の取引はなく、昭和六三年三月期にも前期末と全く同一の有価証券を保有しているものとして、本件有価証券売却益を益金に算入しない決算書及び法人税の確定申告書を作成し、原告代表者にこれを示してその承認を得たうえ、被告に提出した(乙一号証、同五号証、同六号証、甲一一号証)。

もっとも、この点について、原告代表者は、その代表者尋問において、加藤税理士に、有価証券取引について右のような指示をしたことはないと供述しており、加藤税理士作成の上申書(甲一〇号証)にも右原告代表者の供述に沿うような内容の記載がある。しかし、右上申書は、原告代表者からそのような内容の上申書を作成して提出してくれるよう依頼された同税理士が、自己の記憶に反する内容の記載をしたものであることは、乙一号証及び甲一一号証から明らかであり、また、税務の専門家である同税理士が、前年度に数千万円にも上る多額の益金を計上している原告会社の有価証券取引について、その内容を知らないまま、独自の判断でその取引が全くなかったかのような決算書や確定申告書を作成するといったことは到底考え難く、また前掲の乙一号証、同六号証、甲一一号証と対比しても、原告代表者の右供述を信用することはできない。

7  その後、昭和六三年一一月、原告に対する税務調査が行われたが、原告代表者は、その初日に被告の調査担当者から本件事業年度における有価証券取引の有無を尋ねられた際には、当期は有価証券の取引はないと回答していたが、翌日取引の存在を示す資料を提示されて同様の質問をされると、取引事実があることを認め、株式売買報告書を調査担当者に示すに至っている(この点は、当事者間に争いがない。)。

この点について、原告代表者ば、その代表者尋問において、当時本件有価証券売却益があったことを失念していたために右のような回答をしたものであると供述している。しかし、原告会社の毎事業年度の営業利益が五〇〇〇万円程度であるのと対比して、その年間の営業利益をもはるかに上回る六六二八万九七五三円もの多額の本件有価証券売却益の存在を、その取引を全て自分自身が行っており、しかも前記のとおり株式取引についても相当の関心と知識を持ち合わせていたと考えられる原告代表者が失念していたというのは、容易には信じ難い事態というべきであって、原告代表者の右供述を信用することはできず、むしろ、右税務調査の際、原告代表者は被告の調査担当者にたいして、意図的にそのような回答をしたものと解さざるを得ない。

二  以上の各事実からすると、原告代表者は、昭和六三年三月期の決算書及び同期の法人税の確定申告書の作成に当たって、故意に本件有価証券売却益が存在することを秘して、所得金額を過少に申告していたものといわざるを得ない。したがって、被告の本件決定は、理由のある適法なものであり、その取消しを求める原告の本訴請求には理由がないこととなる。

(裁判長裁判官 湧井紀夫 裁判官 市村陽典 裁判官 小林昭彦)

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